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部誌編集から新聞記者志望に

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佐藤 豊行さん
1971年卒/法学部
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2017.1.13
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部誌編集から新聞記者志望に

「お前は応援団のほうがええんとちゃうか?」―

昭和42年(1967)年入学の、世に名高い団塊・全共闘世代です。とは言え、あまり刺激のない田舎町からぼーっと出てきて政治的意識は薄く、迷わず入ったのが茶道研究部でした。当時はやっていた短髪のスポーツ刈りにしていたため、すかさず口の悪い同期の新入部員に冷やかされたのです。

広小路キャンパスの学生会館4階の茶室「読茶庵」。入部すると指導役の幹事が、襖の開けた方や正座に始まり、薄茶点前や飲み方、道具類を丁寧に手ほどきしてくれましたが、何やら様子がおかしいのです。恒例の春季茶会が流れ、毎年夏の年間最大行事・遠征茶会も福井での異例の合宿に切り替えると聞き、どことなく活気がありません。

合宿では、幹事会の設営した模擬茶会に入席して初めて「茶会とは」を体験するなど収穫はありましたが、活動の柱はやはり、学生茶道界では珍しい全国各地での遠征茶会を含めた年間3回の茶会です。茶会開催は部員の点前や意識の向上、団結力が養われる集大成の重要な行事で、部の歴史をつくる要素です。

流派統一―。実はその年、幹事会はリスクを承知で積年の大きな課題を解消しようと、タブーに挑戦したのです。部内は表千家、裏千家、宗偏、薮内の4流派が存在する珍しい形態でした。敢えてその特色を排除して、流派を統一した先の更なる活性化を目指しましたが、削減対象とされた流派が猛反対して混迷。総会で流派統一案が否決され、幹事会は引責総辞職寸前まで追い込まれました。

年度初めの大騒動の余燼。その年、茶会は秋季のみでしたが、新入部員は組織運営の難しさ、生まれる逆風を垣間見た思いです。

二回生で部内誌「読茶」の編集委員になりました。模索しながら巻頭言を書き、年間行事をまとめ、各幹事をはじめ茶陶や茶室・茶庭など各研究パートのチーフに原稿を依頼、茶会をテーマにした座談会を開催。最後に部員名簿を付けて一冊に仕上げました。

この作業の過程でひらめいたのです。快感を覚え、「いいんじゃない、活字の仕事」―。もともと国語や作文が好きで好奇心旺盛です。よし新聞記者になろう! と決めました。今から思うと非常に遅い職業選択でしたが、おかげで2年後の就活は成功しました。

三回生目前の幹事改選総会で幹事長に立候補しました。すると、突如、ある先輩から対抗馬の推薦がありました。後日談では「(佐藤は)立同戦前夜祭で会った折、あいさつなしに帰った」という理由で心証を悪くしたようです。選挙には勝ちましたが、先輩の指摘は私の負けです。冷静に自戒しました。

社会へ飛び出す寸前、貴重な経験を積み卒業してから46年。家族ぐるみの濃い同期会を重ねました。それより、早めに“予約”しておいた同期女性と卒業3年後にゴールイン。「一期一会」は“一会一生”となりました。

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