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鳥居の向こう

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大宮 良さん
1977年卒/理工学部電気工学科
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2017.9.25
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 私は昭和40年代後半からの4年間を上賀茂神社近くの大宮寮に暮らしました。寮は鉄筋コンクリート4階建で、屋上に共同の洗濯機とシャワーがありました。三畳一間にベッドと机を押し込んだ狭い部屋に息苦しさを感じた時は、ここで洗濯をしながら辺りの景色を眺め気分転換をしたものです。各階に共同のトイレと洗面所、そしてコインを入れると一定量のガスが利用できるガスコンロがありました。たまに使い残しがあるとラッキーな気分になったものです。3階の私の部屋には様々な侵入者がありました。ハチやゴキブリの騒動はまだしも、臨戦態勢でこちらを窺う巨大なクモに気付いた時の驚きと恐怖は背筋が凍りつくほど衝撃的で、今なお記憶に鮮明です。1階に住む管理人さん夫婦には4年の間こと細かく寮生活を支えてもらい、只々感謝の思いです。暑さも一段落した夏の夕暮れ、寮の玄関先にはたくさんの鉢植えに揃って水やりをするお二人の姿がありました。
 学部のある衣笠へは市バス76系統で、上賀茂神社前から堀川通、北大路通を経て西大路通を下がりました。車内放送のあの独特のイントネーションが今も耳に残ります。帰りは時々途中でバスを降り、大宮通の商店街で買い物をしました。両手に米袋や野菜を抱え近所のおばさん達と一緒にレジを待つ気分は、いっとき京都市民でした。西大路通の路面中央を市電が走っていました。大きな車体を左右に揺らしながら路上に浮かぶ小さな島のような電車乗り場にやって来る姿は、どこかユーモラスで親しみを感じるものでした。西院で阪急電車に乗り換える学友達を乗せ、ゆらゆらと沈むように視界から消えてゆくその後姿を、私は一人帰りのバス停から見送ったものです。アルバイト先の三室戸へは三条から京阪電車を利用しました。車窓から眺めた鴨川沿いの風景、そして三条界隈の賑わいも今はなく、思い出の入口が消えてしまったような戸惑いと寂しさを感じます。
 上賀茂神社を前に毎朝バスを待ちました。見上げる一の鳥居の威容に俗塵を寄せ付けぬ厳かな気配を感じ、鳥居越しに見る参道奥の世界に興味を引かれながら私はどうしても僅か一歩を踏み出すことができませんでした。割り切れぬ思いのまま時は過ぎ、人生の過去と未来の割合が転じた頃のこと。歴史への関心の高まりに伴い、懐かしさが日増しに募るようになりました。機会を得て再び京都を訪れ、何かに導かれるように私は初めて一の鳥居をくぐり抜けました。折しもの葵祭御禊神事に深い感銘を受け遥か平安の昔に思いを馳せた時、私は確信しました。ここに至るには距離ではなく時間が必要だったのです。まだ備えの無かった当時の自分とその後の人生を静かに肯定し、私はおもむろに踵を返しました。目の前には再び一の鳥居。にわかに込み上げる畏敬と感謝の念に思わず足を止め、私は一の鳥居に向かい深々と頭を垂れたのでした。

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