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再会

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石井 達夫さん
1961年卒/法学部
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2017.9.21
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再会

 今からおよそ60年前、私は平安神宮近くに下宿して、広小路の学校に通っていた。その日の朝は寝坊して授業に遅れそうであった。いつも学校まで2キロほどある丸太町通りと河原町通りを歩き広小路の学校へ出かけるのだが、その日は急ぐため市電に乗り込んだ。まだ京都では路面電車が走っていた時代である。
 その日は民法のゼミで、私が発表することになっている重要な日であった。学校近くの停留所に来て降りようとした時思わぬことに気が付いた。急いで下宿を飛び出したため財布を忘れてきたようである。電車の降り口で困った私は運転手に
「急ぐあまり財布を忘れて来たようです。電車代は後日事務所にお届けに行きますので、この万年筆を預かってください」と申し出た。
 その万年筆は大学に合格した時、父がお祝いに買ってくれた高価なモンブランであった。
 その時、二人の会話を聞いていた年のころ40歳くらいの主婦と思われる方が
「学生さん、これをお使いなさい」と言って電車賃を手渡してくださった。思いがけない援助に私は涙が出るほど嬉しかった。頂いた電車賃を支払い電車を降り同時に電車を降りて見えた夫人にお礼を言い、
「お名前と住所を教えてください、必ずお返しに参ります」と私は頭を下げ言った。
「学生さん、気になさらないで」と言うと笑顔を残して去って行った。その婦人を見送ると、学校へ急いだ。その日の発表は、お陰で無事終えることが出来た。
 その日以来、私は何時も2キロほどをのんびり歩いて学校に出かけるのを、時々電車に乗るようになった。先日と同じ朝の時刻に電車に乗り込み、忘れもしない婦人に会って電車賃を返却し、もう一度お礼をしたいと考えていたからである。しかし、あれ以来例の婦人に逢うことはなかった。

 2年が過ぎた。同じ下宿にいた先輩は年が明け卒業することになった。その際、家庭教師で教えていた中学生の女の子を君が代わって教えてくれないかと頼まれ、その家庭教師を引き受けることになった。
 11月、青空がいっぱいに広がった小春日和の日、私は先輩に連れられ女の子の家を訪ねた。白川通りにある小奇麗な住まいだった。扉を開け声をかけると女の子が現われ、お母さんを呼ぶと、見覚えのある婦人が現われた。私は思わず「あっ」と声を上げた。
 そのお母さんこそ忘れもしない、私に電車賃を下さったご婦人だった。不思議な縁で忘れもしない婦人にお会いでき、改めてお礼を申し上げた。彼女も私の事を覚えていて笑顔で迎えてくださった。先輩も女の子も、思わぬ2人の再会に目を白黒させていた。

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