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  •     1978年4月社会地理学研究会:新歓ー衣笠・清心館前にて

私の通学路

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水野 雅夫さん
1980年卒/文学部
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2017.9.28
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私の通学路
                    
 広小路学舎で2年間、衣笠学舎で2年間学んだ。卒業して早や37年間が過ぎ去ったが、今でも途中の風景が目に浮かぶように思い出される。
 1回生の4月、縁あって父の古い知り合いが所有する千本中立売近くの倉庫の一室に寝泊まりすることになった。初めて訪ねた時には、何とにぎやかな、そして猥雑な通りの近くなんだと思った。千本日活、千中ミュージックがあり、商店街が南北にズラーっと並んでいた。しかし、一本細い筋に入れば、京都市民の質素でつつましい生活があり、私は突然にその中に飛び込んだようなものだった。始めの1年数カ月は広小路に自転車で通学していた。しかし、自転車が壊れてからは、運動がてら徒歩通学にした。徒歩通学にしてから、特に御所の中の季節の移り変わりが目に映り、素晴らしい体験をした。2年目の途中で、父の知人の都合で倉庫を出ることになった。千中の魅力に取りつかれていたので、近くの下宿屋に転がり込んで、千中暮らしと決め込んだ。買い物に便利で物価は安い、特に揚げ物屋が地域のマーケットにあって、よくお世話になった。フライ物を買ってきては、ご飯を炊いて腹いっぱい飯を食うことを覚えた。今から思えば、栄養バランスなんてあったものではなかった。腹が満たされれば、それでいいというレベルの暮らしだった。
 広小路学舎が閉鎖となる直前の3月に、杉田次郎がやってきてコンサートを開いた。「ああ、ここももう終わりか。」という感慨をもったことを覚えている。
 衣笠学舎へは、北野天満宮―平野神社経由で徒歩通学をした。歩くのに程よい距離だった。天満宮裏の喫茶店でコーヒーを飲みながら文庫本を読むのが楽しみになった。
 衣笠学舎に移って初めての新歓の時、衣笠・清心館前でブースを開いて新入生を勧誘した。以学館前で、合唱団「若者」が派手に歌を歌いながら踊っていた。我々は「社会地理学研究会」という固いネーミングのサークル活動にいそしんでいた。新歓や学園祭の夜祭の賑わいが忘れられない。遠い昔の何物にも代え難い学生時代の一コマである。当時の文学部地理学教室の諸先生方と学友たちに感謝!

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